食事と歯みがき
障害支援のひとつに口腔ケアがあります。簡単にいえば歯みがきです。利用者さんの中には「胃ろう」といって、チューブで胃に直接栄養を送り込んでいる方もいます。衛生面や機能低下予防の観点からも口腔ケアは必要です。この記事では障害者の歯みがき(口腔ケア)について紹介します。
食べることをおろそかにしない
しっかりと噛んで食べることは重要です。「食べること」をおろそかにすると唾液の分泌が下がり、口腔内の清潔状態は通常よりも低下します。そのままにしておくと細菌が肺に入り、肺炎を起こす可能性もあります。
障がい者の中には、食べることが難しい人もいます。例えば、筋ジストロフィーは遺伝子異常により筋肉が破壊されて筋力が衰える疾患です。そのため食事を取ることや飲み込みが難しい方もいます。食事介助では、食欲を失わせずに量を維持し、バランスよく食べてもらうことを心がけます。
経管栄養の口腔ケア
経管栄養とは自分の口から食事を取れなくなった人に対し、鼻あるいは口から胃まで挿入されたチューブや、胃瘻(いろう:胃から皮膚までを専用のチューブで繋げる)を通じて、栄養剤を送る方法です。経管栄養においても口腔ケアは大切です。ただしいくつかのポイントがあります。
経管栄養直後の口腔ケア
経管栄養直後の口腔ケアでは逆流の危険性に注意します。食後30分はギャッジアップをして様子を観察。その後、口腔ケアを行うことが推奨されています。
経管栄養の固定テープを留め直す事は医療行為に当たります。そのため介護士が対応するのではなく、家族や医療従事者に報告をして対応してもらいます。仰臥位で行うと誤嚥の可能性が高まるので、座位もしくは側臥位で行います。
はじめての口腔ケア
筋ジストロフィーの男性にはじめて口腔ケアを行ったときのことです。この方はベッド上で過ごすことが多く、手や足は不自由ですが頭はクレバーです。政治や経済、映画にも詳しいです。他人への気遣いもあり食事介助はスムーズ。ですが「口腔ケア」は細心の配慮が必要でした。
歯磨きひたすら40分
結論からいえば、はじめての歯磨き(口腔ケア)に40分かかりました。健常者であれば3分ほどで終わる歯みがきですが、障害のある方にとって簡単なものではありません。上肢の機能低下、人工呼吸器装着などで十分な歯磨きが出来ないため、口腔衛生を保つことが難しいのです。それだけに介護職のスキルが試される場といえます。
口腔ケアの仕方
この男性の歯磨きには、歯ブラシ2本とスポンジブラシ。コップも2つ用意します。ひとつはモンダミンを入れた水。もうひとつは洗浄用です。
同時に歯磨き粉と保湿ジェルも用意します。大事なのは痰吸引器の準備。吸引器を利用して口腔内の唾液を吸っていきます。気管内にたまった痰は細菌の温床になったり、窒息の原因になります。
喀痰吸引器
吸引器の値段は高いですがレンタルもあり、福祉補助制度が利用できます。価格は5万円台から20万円台と色々な種類があるので性能を確認してから購入しましょう。
福祉補助金額は6万~7万円くらいですが詳細は各市町村の福祉事務所に相談してください。あると便利です。
リアル歯磨き
口腔ケアは初任者研修でもサラッとしか教えてくれません。基本は鉛筆持ちで歯ブラシを持ちます。強く握ると、磨く力が強くなるため、軽く持つのがポイントです。
ブラシの当て方は、歯と歯肉の境目に毛先を当てて細かく動かします。口の中の感覚が敏感な場合は柔らかい歯ブラシで優しく磨きます。
特性に合わせたケア
ここからは研修では教えてくれない「リアルな口腔ケア」のやりとりです。男性は丁寧に話す方ですが、介護士の歯磨きが上手くいかないとだんだんと苛立つ気分を抑えられず口調も激しくなってきます。途中、歯磨き粉と唾液で声はブクブクしながら口調は厳しめ。そんなこんなで40分以上の格闘は続きました。立ちっぱなしで足はガクガク、腰も痛い。何より男性に大変な思いをさせてしまいました。
上手な口腔ケアとは
初体験の敗因はいろいろとあります。まず磨く力の加減が分からなかったコト。上手に歯磨きをするには歯ブラシの毛先が広がらない程度の力加減が良いそうです。その後、ベテランさんから歯磨きテクニックを教えてもらいました。
まず歯磨きのテクニックとしては、歯の外側(前歯部)は、口を閉じさせてみががく。磨くときは歯と歯肉の境目を中心にブラシを細かく動かす。そして歯ブラシはよくゆすぐ。誤嚥防止のために歯ブラシの水気もよく切る。
歯の裏側は、横から歯ブラシを入れる。グローブもしているので利用者が嫌がらない程度に唇を持ち上げると磨きやすいです。歯磨き剤は歯ブラシの毛1~2センチが目安。フッ素が配合されている歯磨き剤を利用者さんは使われています。
あれから
切ない想い出となった口腔ケア初体験。ベテランからは「そのうち慣れますよ」と励まされて半年。口腔ケアの時間は15~20分ほどになりました。男性からのダメ出しもなくなりました。失敗を繰り返して分かったのはコミュニケーションの大切さです。
実は、歯磨きの正解は日々変わります。食事の材料によっても、利用者さんの体調によっても、口腔ケアの仕方は変わります。磨き残しをなくすことも大切ですが、利用者さんが安心して歯磨きをするためには遠慮なく自分の希望を伝えられる環境が必要です。時間とともに男性のニーズも分かり、お互いにスムーズな意思疎通ができると口腔ケアも早く終わります。まだまだ勉強が必要ですが、障がい者のケアではテクニックもそうですがコミュニケーションが大事なんだと思い知らされた体験でした。
本日もありがとうございました。