ツナガレ介護福祉ケア

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ドラマ『九条の大罪』からみる―貧困ビジネスと無料低額宿泊所



最近、Netflixで配信されているドラマ『九条の大罪』を見た。

見ていて思ったのは、暴力や裏社会そのものよりも、弱った人の不安や孤独がビジネスになる怖さだった。

今回は、ドラマ『九条の大罪』をきっかけに、漫画やドラマでしばしば問題にされる「貧困ビジネス」と、よく名前の出る無料低額宿泊所について書いてみたい。

ただ、最初に言っておきたい。

無料低額宿泊所それ自体が悪いわけではない。

住まいを失った人や、ひとりで生活を立て直すのが難しい人にとって、受け皿そのものは必要だからだ。

問題になるのは、制度の名前ではなく、その中身である。

 

 

「貧困ビジネス」とは何か

貧困ビジネスという言葉は強い。でも、意味はそこまで難しくない。

生活に困っている人。

頼れる人が少ない人。

住む場所が不安定な人。

そういう人に近づいて、住まい、お金、食事、相談先をまとめて押さえ、逃げにくい形で利益を取る。だいたい、そういう構造のことを指す。

表向きは、助けているように見えることもある。

部屋を用意する。

食事を出す。

相談に乗る。

仕事の世話をする。

でも、その中身が不透明で、相場に見合わないお金を取る、他の選択肢を持ちにくくする、生活保護費の流れまで実質的に握る、となると、一気に話が変わってくる。

無料低額宿泊所は「悪い施設」なのか

ここは、ひとくくりにしないほうがいい。

無料低額宿泊所は、もともと、住まいに困った人のための受け皿として作られている。

つまり制度の趣旨そのものは、困っている人を食いものにすることではない。むしろ逆で、住まいのない人を支えるための仕組みである。

だから、無料低額宿泊所をまとめて「怪しい」「全部ダメ」と見るのは違うと思う。

見るべきなのは、名前ではなく中身だ。

本当に生活を立て直すための支援になっているのか。

それとも、困っている状態を長引かせるほうが得になる形になっているのか。

大事なのは、そこだ。

無料低額宿泊所には、いくつかの形がある

無料低額宿泊所といっても、実際にはひとつではない。

おおまかに言えば、

宿泊場所だけを出すところ。

宿泊場所と食事を出すところ。

宿泊場所と食事に加えて、就労相談や生活相談の受付まで行うところ。

このあたりに分かれている。

だから、食事がある、見守りがある、相談に乗る、それ自体をすぐ悪だとは言えない。

むしろ、体調が不安定な人や生活の立て直しに時間がかかる人には、そういう支えがあったほうがいい。

問題は、その支えが自立につながっているかどうかだ。

生活保護の住宅扶助が使われることもある

無料低額宿泊所では、生活保護の住宅扶助を使って費用をまかなう形がよくある。

東京23区の単身世帯なら、住宅扶助の上限の目安は約5万4000円で、この金額を意識して料金が組まれることも多い。

ここだけ見ると、制度を使って生活を支えているとも言える。

ただ、難しいのはその先だ。

住まい。

食事。

生活相談。

お金の流れ。

それを一か所がまとめて握ると、支援と管理の境目が曖昧になりやすい。

ここで運営がゆがむと、助ける場だったはずのものが、囲い込む場に変わってしまう。

それが、貧困ビジネスと呼ばれる話につながっていく。

事業を始めるには届出が必要になる

無料低額宿泊所は、勝手に名乗ればよいものではない。

事業を始めるには届出が必要だし、一定のルールの中で運営される。

つまり、行政もこの分野を放置しているわけではない。

必要な仕組みではある。

ただ、問題が起きやすいから、一定のルールも置かれている。

そういう理解のほうが実態に近いと思う。

社会福祉法人だけでなく、民間でも運営できる

ここも大事だ。

無料低額宿泊所は、社会福祉法人しかできないわけではない。

NPO法人だけでもない。民間事業者でも運営できる。

これは良くも悪くも両面ある。

柔軟に動ける強みもある。

現場に近い支援ができることもある。

その一方で利益優先に傾けば、弱い立場の人が不利になりやすい。

だから結局、ここでも問題は法人格ではなく、運営の質なのだと思う。

最近も、この問題は終わっていない

この話は、過去のニュースで終わった話ではない。

いまも無料低額宿泊所や、その周辺の施設のあり方は、見直しや確認が続いている。

それだけ必要な施設でもあり、同時に運営しだいで、問題も起きうる分野なのだ。

つまり、単純に善でも悪でもない。

必要だから残っている。

だけど、中身を見ないといけない。

九条の大罪が刺さるのは、そこだと思う

ドラマ『九条の大罪』が、ただの裏社会ものに見えないのは、悪人が怖いからだけではない。

弱った人。

孤立した人。

追い込まれた人。

そういう人のまわりに、法律、ビジネス、反社、善意、打算が入り混じってくる。

そこが妙に、生々しい。

無料低額宿泊所も同じで、名前だけ見れば福祉だ。

でも、中身しだいでは人を助ける場所にもなるし、逃げにくい場所にもなる。

大事なのは、制度の名前ではなく、その場所で何が行われているかだと思う。

おわりに

無料低額宿泊所は、悪ではない。

住まいがない人にとって、必要な受け皿でもある。

ただ、必要な仕組みだからこそ、運営がゆがむと問題も起きる。

福祉の顔で近づくこと。

選択肢を減らすこと。

お金の流れを握ること。

そういうことが重なると、それは支援ではなく囲い込みに近くなる。

ドラマ『九条の大罪』を見ていて怖いのは、まさにそこだった。

社会の闇で起きている話に見えて、住まいとお金と孤立が絡む。

誰にとっても、完全に無関係ではない。

たぶん、貧困ビジネスの本当の怖さは、そこにある。