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時代を動かした4人の男〜吉田松蔭から本居宣長・・・日本のヤバい人たち【ツナガレ介護福祉ケア】

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日本を動かしたヤバい人たち

 

武士が闊歩した江戸時代。庶民の教育も熱心に行われ、時代を動かす礎となったヤバい人たちが数多く存在しました。戦後、彼らの教えが教科書には生かさることは少ないですが、改めて読み返すと、現代を生き抜くヒントが得られます。

 

この記事では、江戸時代に名を馳せた、有名な人を紹介します。

 

 

 

本居宣長と鈴屋

 

本居宣長(もとおりのりなが)は、江戸時代の国学者であり、文献学者であり、医師でもありました。本居は、「はじめ弥四朗」、「鈴屋大人(すずのやのうし)」とも呼ばれていました。

 

本居宣長は、伊勢国松坂に鈴屋という書斎をもっていました。この自宅2階にある書斎は、部屋に鈴がかけてあったことから「鈴の屋」と呼称されました。

 

 

本居宣長は、日本の古典研究を通して「もののあはれ」を知ることが重要であると教えました。奥深そうな言葉です。

 

「もののあはれ」とは純情抒情(じゅんじょう・じょじょう)のことです。簡単にいえば、純粋な感情を意味します。たとえば、満月を素直に美しいと想う心……などでしょうか。夏目漱石は、アイラブユーを「月がきれいですね」と訳しています。

 

本居宣長は、純情抒情の共感的な態度のもと、学ぶものの主体性を大事にしました。そして、次の言葉を残しています。

 

 

まづかの学のしなじなは、他よりしひて、それをとはいひがたし、大抵みづから思ひよれる方にまかすべき也

 

 

【口語訳】

 

どういう分野の学問をやるかは、他人がこれと押し付けることはできない。自分が選ぶべきもので有る。(白石良夫訳, 2009, p.52) 

 

学問は押し付けるのではなく、自身が選ぶことが大切なのですね。

 

 

近世最大の「咸宜園」と広瀬淡窓

 

 

広瀬淡窓(ひろせ・たんそう)は、江戸時代の儒学者で、近世最大規模の私塾「咸宜園(かんぎえん)」の塾主です。

 

広瀬は、平等主義、実力主義を貫き、塾生の自治を奨励しました。そして、塾の運営上の職務を分担させてリーダーシップと実務能力を陶冶しました。

 

広瀬淡窓が開いた私塾、「咸宜園(かんぎえん)」は豊後国日田にありました。ここで重視したのが「三奪の法」です。

 

三奪の法とは、入塾生の年齢、入塾前の修学歴、身分(家柄)の三つを無視し、本人の入塾後の学問への努力に基づく達成度、実力を重視するものでした。

身分制度の残る江戸時代にあって、この教えはインパクトがありました。

 

広瀬は、「鋭きも鈍きも共に捨てがたし、錐と槌とに使い分けなば」とよみ、一人一人の持ち味を尊重しました。

 

 

吉田松陰と松下村塾

 

吉田松陰は、日本の武士であり、思想家、教育者です。また、山鹿流兵学師範でもありました。

 

吉田松陰といえば、一般的には明治維新の精神的指導者で、倒幕論者として知られています。私塾の「松下村塾」で、明治維新で重要な働きをする多くの若者に思想的影響を与えました。

 

吉田松陰の名言は、次のとおりです。

 

 

夢なき者に理想なし、
理想なき者に計画なし、
計画なき者に実行なし、
実行なき者に成功なし。
故に、夢なき者に成功なし。

 

 

夢をみることが、なぜ成功につながるかを論理的に説明しています。さらに、こんな名言もあります。

 

 

 

一日一字を記さば、
一年にして三百六十字を得、
一夜一時を怠らば、
百歳の間三万六千時を失う。

 

 

日々の習得が大事という教えです。これがなかなか難しいのですが、スモールステップで行うことが長続きの秘訣だと思います。

 

 

荻生徂徠と譲園塾

 

荻生徂徠(おぎゅうそらい)は、江戸時代の儒者です。私塾である「譲園塾(けんえんじゅく)」を開きました。

 

徂徠は、青年期に「大学解」などの漢籍を学び、大儒者となる基礎を築きました。若き日は、孤独な生活を送り、逆境にあって勉学にいそしみ、乏しい書籍を精読したといわれます。

 

5代将軍徳川綱吉に講義するなど幕府からも信頼の厚かった荻生徂徠。私塾を開きながら学問にうちこみ、当時の思想に大きな影響を与えました。

 

名言には次のようなものがあります。

 

 

人の長所を初めより知らんと求むべからず、人を用いて初めて長所の現わるるものなり。

 

 

(訳)人の長所を始めから知ろうとしてはいけない。人と一緒に仕事をして、使ってみて始めて長所が現れるものである。

 

 他人の長所は良いところを探すのではなく、自然に見つかるということでしょうか。子どもの保育にも活かせそうな教えです。

 

まとめ

 

乱暴に言えば、江戸時代の教育者の教えは、終戦後に触れられなくなりました。これは時代的な背景もあるかもしれません。

 

日本独自の固有の文化を語り継ぐことは、大切です。とくに教育は多様性が重要視されている現代において、もっと知られる機会があってもよい気がします。

 

戦後の昭和を経て令和になった今、温故知新。時代を動かした教育者の言葉は胸に響くことが多いように思います。

 

本日もありがとうございました。