グレーゾーンの子どもたち
日本で16年前、発達障害に関する大きな動きがありました。
2004年に「発達障害者支援法」が成立。翌年に「発達障害者支援法施行令」及び「発達障害者支援法施行規則」が策定されました。
これによって国及び地方自治体は、発達障害における8つの支援体制の整備が急務となりました。以下がその8つです。
①発達障害の子どもたちの早期発見
②早期支援、早期療法の開始
③適切な学校教育のための個別の支援計画や個別の教育的支援
④就労支援
⑤地域生活支援
⑥権利擁護
⑦家族への支援
⑧専門的医療機関の確保
発達障害のある子どもは早期から発達段階に応じた一貫した支援を行っていくことが重要です。そのため早期発見・早期支援の必要性はきわめて高いとされています。
文科省では発達障害を以下のように定義しています。
発達障害とは「自閉症、アスペルガ-症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」(文部科学省,2004)。
幼児期は言葉の発達をはじめとしたコミュニケ-ション能力、対人関係や社会性の育ちなど、その後の自立や社会参加の基盤を形成するための大切な時期です。
この時期に適切な支援を受けられないと就学後の学習や生活に様々な困難を抱えます。
また情緒不安や不適応行動などの二次障害が生じてしまうこともあります。とはいうものの発達障害の診断は早期であるほど不確実性が高く、難しいです。
つまり、幼児期では確定診断がつかない「気になる子」の人数はさらに多いと考えられるのです。
「気になる子ども」の定義
気になる子供、いわゆるグレーゾーンの子どもについては様々な研究がされています。
本郷ら(2007)の研究では気になる子どもを「知的な発達に遅れは認められないにもかかわらず落ち着きがなく、他児とのトラブルが多く、自分の感情をうまくコントロ-ルできないなどの特徴を持つ子」と定義しています。
落ち着きがなく、自分の感情をうまくコントロールできない子どもの括りであれば、かなりの人数がグレーゾーンに含まれてしまうかもしれません。
一方、日高ら(2008)の研究では「発達障害児を含めた保育現場で保育者が気がかりになる子」と定義しています。こちらも一定数の子どもが想定できます。
もっと具体的にグレーゾーンの子どもの特徴を調べたところ、西村・小泉ら(2001)の研究論文を見つけました。
そこでは気になる子の行動特徴を5因子に分けて説明しています。
幼稚園・保育所の保育者を対象に保育上「気になる子」の行動特徴を研究した結果、「自閉症」「感情のコントロ-ル」「多動」「言葉の表現」「ことば遊び」の5因子が発達の遅れと関連していることが明らかになった(西村・小泉,2011)。
気になる子は13%以上
幼稚園や保育園で気になる子はどのくらいの割合なのでしょう。
郷間ら(2008)の研究によると、診断を受けていないものの保育上の困難を有する「気になる子」は男児21.04%、女児5.58%。全体で13.43%と報告しています。
12年前の研究なので現在はもっと多いかもしれません。自閉症の割合は10人に1人と言われています。
さらに研究では、診断を受けている障害児に比べ「気になる子」の人数は約3.5倍に及ぶとしています。
これらの研究から幼児期の気になる子は相当数いる、女の子よりも男の子の方がグレーゾーンの可能性は高い、ことが分かります。
発達の気になる子どもは障害が分かりにくいため周囲からの理解が得られにくいのが特徴です。
例えば、シングルマザーでグレーゾーンの男子を育てている母親は、想像以上のストレスに苦しんでいるといえます。
実際、保護者とくに母親は子どもの気になる行動を客観的に理解できずに戸惑うことも多いことが指摘されています(岩崎・海蔵寺,2007)。
幼児期の「気になる子」と母親の育児疲労感
母親の子育てのストレスや悩み、大変さは周知の事実であり、これまでにも多くの調査研究が行われています。
しかし幼児期の「気になる子」の生活習慣や母親の疲労感との関連を検討した研究は少ないのが現状です。
斎藤ら(2009)は就学前の気になる子の状態の違いによって、保護者への支援方法を検討べきだと語っています。また、木原(2006)は気になる子は家庭環境の問題が影響していることを示唆しています。
家庭環境による子供の状態に大きな影響を及ぼすのが生活習慣です。
夜型が気になる子を生む?
近年、社会全体の夜型化やゲームなどの過度な利用、保護者中心の夜型生活などの影響から子どもの生活も遅寝遅起きや短時間睡眠となっています。
こうした生活実態は、子供たちの心身に対してネガティヴな影響を与えることが指摘されています(泉,2012)。
とりわけ睡眠に関しては夜型化による生活リズムの乱れが指摘されています。では子供の睡眠時間が乱れるとどのような困ったことが起きるのでしょう。
神山(2003)らの研究では、睡眠時間が短縮することで子供は肥満になり、その他の生活リズムが乱れることを指摘しています。
子供の睡眠には父親よりも母親の関わりが高いといわれており、発達障害の子は高い割合で睡眠の問題があることも研究で報告されています(林,2006)。
このようなことからグレーゾーンの子どもが増えている背景には、とりわけ母親の生活習慣、とくに夜型による生活リズムの乱れが関係していることも推測できます。
逆に言えば、気になる子供の問題行動を減らすには、母親の生活リズムを見直すことが効果的なのかもしれません。
気になる子の対策は、母親から
発達障害やグレーゾーンの気になる子を育てている母親の疲労感は高いことが分かっています(佐野,2012)。
渡部ら(2002)が発達障害幼児の母親を調べた研究では「広汎性発達障害児、精神発達遅滞児などの母親は育児ストレス・疲労感が大きい」ことが示唆されています。
こうした実態を受けて認知行動療法の分野でも母親支援の研究は進んでいます。たとえば本サイトでも紹介しているマインドフルネス・エクササイズは親子関係の修復や改善、質の高い親子関係を構築する手段として報告されています(吉益ら,2012)。
またスウェーデンの医療機関でも取り入れられている「タッチケア」というスキンシップのエクササイズも睡眠やストレス軽減に高い効果があるといいます。
生活リズムの乱れはさまざまな悪循環を引き起こします。「気になる子かな」と思うような症状がみられた場合は、まず早寝早起きを心掛けて、朝からしっかり食事をとるなど生活リズムを整えてみてはいかがでしょう。
本日もありがとうございました。
サトシ(@satoshi_Jp0415)でした。
【引用文献】
- 岩崎久志・海蔵寺陽子(2007)軽度発達障害児をもつ親への支援.流通科学大学論集-人間・社会・自然編-,20(1), 61-73.
- 神山潤(2003)子どもの早起き習慣.子どもと発育発達1,(6)391-395
- 木原久美子(2006)「気になる子」の保育をめぐるコンサルテ-ションの課題-保育者の問題意識と保育対処の実態をふまえて-,帝京大学文学部教育学科紀要,31,31-39.
- 毛受矩子(2008)子どもの睡眠と親の養育姿勢の分析.四天王寺国際仏教大学紀要,45,331-346.
- 郷間英世,圓尾奈津美,宮地知美他(2008)「幼稚園・保育園における『気になる子』に対する保育上の困難さについての調査研究.京都教育大学紀要,第1号,157-164.
- 斎藤愛子,中津郁子,粟飯原良造(2009)保育所における「気になる」子どもの保護者支援-保育者への質問紙調査より-.小児保健研究 ,67(6),861-866.
- 佐野智世(2012)発達が気になる子の母親の気付き、悩み、納得の過程.日本女子大学大学院人間社会研究科紀要,18,95-111.
- 睡眠文化研究所(2003)都市生活における家族の睡眠の現状,3-5.
- 田中沙織(2010)幼児の睡眠と生活リズムに関する研究.幼年教育研究年報,第32巻,37-41.
- 西村智子・小泉令三(2011)就学前の「気になる」子の行動特徴と発達障害の関係.教育系・文化系の九州地区国立大学間連携論文集,第5巻1号,1-11.
- 橋本優花里・澤田 梢・鈴木 伸一(2006)高次脳機能障害における認知行動療法の適用について.福山大学人間文化学部紀要,6,23-30.
- 服部祥子・原田正文 (1991) 乳幼児の心身発達と環境. 名古屋大学出版会.
- 林恵津子(2006)発達障害のある子どもに見られる睡眠の問題.共栄学園短期大学研究紀要,第22号,119-126.
- 日高希美・橋本創一・秋山千枝子(2008)保育所・幼稚園の巡回相談における「気になる子どものチェックリスト」の開発と適用.東京学芸大学紀要,59,503-512.
- 本郷一夫・飯島典子・平川久美子・杉村僚子(2007)保育の場における「気になる」こどもの理解と対応に関するコンサルテ-ションの効果.LD研究,16,54-264.
- 本荘明子(2012)気になる子どもをめぐっての研究動向.愛知県教育大学幼児教育研究,第16号,67-75.
- 前橋明(2004)子どものからだの異変とその対策.体育學研究,49(3),197-208.
- 文部科学省(2004)小・中学校におけるLD(学習障害),ADHD(注意欠陥/多動性障害),高機能自閉症の児童生徒への教育支援体制の整備のためのガイドライン.
- 渡部奈緒, 岩永竜一郎, 鷲田孝保(2002)発達障害幼児の母親の育児ストレスおよび疲労感.
- 小児保健研究,日本小児保健協会,61(4),553-560.
- 吉益光一・大賀英史・加賀谷亮・北林蒔子・金谷由希(2012)親子関係とマインドフルネス. 日本衞生学雜誌 日本衛生学会,67(1),27-36