出産後のママは注意しましょう!
福祉や保育に係る関係者の間で話題となっている映画が「ママをやめてもいいですか」という作品です。イントロダクションには次のような説明文があります。
ドキュメンタリー映画『ママをやめてもいいですか!?』は人知れず子育てに悩み、つまずき、それでも子供を愛し、前を向くママとその家族の歩みを、涙と笑いを交えながら綴った物語です。
映画には何人かのママが登場します。その中には産後うつを乗り越えて新たな命の誕生をむかえるママや、産後うつによる自死とその傷に向き合うママもいます。産後うつをリアルに描いた作品には多くのママたちに共感されているそうです。
この記事では、そもそも産後うつとはどういう症状なのか。自殺を予防する最新のプログラムについて解説します。
産後うつ特徴
女性にとって大きなライフイベントである妊娠・出産は想像以上に心と身体に大きな影響を及ぼします。出産後は子供中心になるのでストレスもたまりやすく疲れもでます。その結果、情緒不安定になり、子育てに自信を失い、心と身体を蝕んでいきます。
産後うつの代表的な症状としては「悲しい・憂鬱、楽しくない」「家事・育児の気力がでない」「食欲不振」「将来を悲観する」「赤ちゃんがかわいくない」「眠れない」「死にたい・消えたい」などがあります。
産後うつのチェック
せっかく生まれた赤ちゃんを可愛くないと思ってしまうことで自責の念に囚われて、苦しむママも多いです。しかしこれは病気なのです。こうした症状が2週間以上続いたら、産後うつ病の可能性は高いです。産後うつの診断は難しく、育児不安や育児の疲れとして見逃されがちです。周囲が注意深く見守る必要があります。
自殺予防プログラム
女優の竹内結子さんが亡くなりました。次男を出産した後の早すぎる死に「産後うつ」だったのではないかとの噂も飛び交っています。真相は誰にも分りません。しかし、もしそうだったとしたら、あまりに悲しすぎる結末です。
長野市は産後のうつ自殺を防ぐため、出産後まもない女性を対象に面談を行い、自殺を望むような考えを持つ人に早期に話を聞いて気持ちに寄り添う支援を始めました。その結果、「支援がない場合に比べ、状態が悪化するのを防ぐ効果があった」ことが分かりました。
国立成長医療研究センター
具体的に研究を行ったのは、国立成育医療研究センターの研究班です。研究班は長野県の母子保健関係者と協働して妊産婦の自殺予防のための地域母子保健システムを開発しました。これが「長野モデル」と呼ばれるものです。NHKでは次のように伝えています。
「長野モデル」の導入前に妊娠がわかった市内の女性230人と、導入後に妊娠がわかった234人について、一定の期間が過ぎた後の心の状態を質問票をもとに確認した結果、導入前の人たちは、27人が「自殺のおそれがある」と判定されたのに対して、導入後は、10人にとどまりました。
「長野モデル」は地域母子保健の中で、産後の全ての母親に対して自殺予防に留意したスクリーニングと、必要に応じた介入を行うものです。このような産後自殺予防対策プログラムの開発は、世界で初めてとなります。
長野モデルの効果
年間およそ2800人の新生児が生まれる長野市では、平成28年から産後のうつの兆候などを早期にキャッチする支援を始めています。「長野モデル」では地域全体の産後の母親の自殺念慮を改善し、メンタルヘルスを向上させました。具体的なメリットは次のようなものです。
- 産後のメンタルヘルス向上の効果が産後7〜8ヶ月時まで持続。
- 自殺予防学の知見を母子保健の領域に応用できる。
- 新たな資源や資金(保健師増員や、妊産婦自殺対策の予算等)を必要としない。
- 現在の母子保健システムのリソースで妊産婦の自殺予防効果が期待できる。
長野モデルが全国の地域に広がることで、妊産婦の自殺の防止や母子心中などの悲劇を防ぐ効果が期待されています。しかし認知度はまだまだ低いです。
産後うつは、子供のせいで起こる病気ではありません。出産におけるホルモンバランスの乱れや慢性的な睡眠不足、疲労。そして様々なストレスによって引き起こされる病気であることをご本人も周囲も知っておくことが大事だと思います。
産後うつ診断と「エジンバラ」
産後うつを見分けるには、3種類の質問票が使われます。具体的には「育児支援チェックリスト」「エジンバラ産後うつ病質問票」「赤ちゃんへの気持ち質問票」です。
エジンバラ産後うつ病質問票
この質問票はイギリスで開発されたことから「エジンバラ産後うつ病質問票」と呼ばれます。「悲しくなったり、惨めになったりした」とか、「はっきりした理由もないのに不安になったり、心配したりした」など10項目についてその時の状況を聞いていくものです。
質問表には母親が自分で記入します。そうすること本人自身も自分の心の状態を知ることができます。重要なのは強要しないこと。身内だとついつい厳しくなりますが、本人の意思が何より大切です。
診断のタイミング
こうした取り組みは、産後1か月から1か月半のタイミングで行う「新生児訪問」の際に行われたりします。母親の話を聞くのは専門の研修を受けた保健師などです。自殺を望むような考えがうかがえた場合には母親の気持ちに寄り添います。
この時間がとても重要だと思います。苦しんでいる母親を攻めてはいけないし、信頼関係がないのにズカズカと心に入り込んでもキケンです。ポイントとしては、「誠実な態度で話しかける」「相手の訴えに傾聴する」など自殺予防の対応を定めたマニュアルに沿って必要な支援につなげていくそうです。
産後うつ、夫にできること
アメリカやイギリスで行われた調査では、産後うつになる人の50%は、妊娠中からその症状が始まっているというデータもあります。母親がうつ病にかかっていると、家族も本人とどう接してよいのかわからずに苦しんでいるケースは少なくありません。
長野県精神保健福祉協議会が出している「産後うつ病 早期発見・対応マニュアル」には、家族が本人と接するときのポイントをあげています。
- 心配しすぎない
- 励ましすぎない
- 原因を追究しすぎない
- 重大な決定は先延ばしにする
- ゆっくり休ませる
- 薬をうまく利用する
- 時には距離をおいて見守る
経験からいえば、 産後うつになる母親は夫に対して不満を抱いていることが多いように思います。育児を手伝ってくれない、全てまかせっきり、休日も寝ている…などです。ところがそうした妻の不満に夫は気づきません。それどころか会社人間であるほど、妻を会社の仲間や部下のように接することが見受けられます。
つまり「産後うつ」という病にかかっていても、妻を励ましたり、原因を追究したり、重大な決定を早く決めだがるなど、症状を悪化させる接し方をしてしまうのです。ママをやめてもいいですか、という最悪の結末を迎えないためにもパパの理解と協力が必要なのだと思います。
本日もありがとうございました。
【引用文献】
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著者:立花良之1、 小泉典章2、 三上剛史3、 鹿田加奈4、 山下さや香4、清水三重子4、町田和世4、 伊藤弘人5
題名:An integrated community mental healthcare program to reduce suicidal ideation and improve maternal mental health during the postnatal period: The findings from the Nagano trial.
・掲載誌:BMC Psychiatry (Accepted)
- 長野県精神保健福祉協議会が出している「産後うつ病 早期発見・対応マニュアル」